お役立ち経営情報 2015年3月

監査担当者日記 〜 税務調査官の不当な要求〜

会計事務所の日常とは? ※ フィクションであり、 実在する人物・団体とは一切関係ありません

会計事務所の職員は、時に興味深く様々なドラマに立会います。そんなドラマを実話を元にしたフィクションとしてお送りする監査担当日記。さて、今回は…

大澤商事の本社応接室。目の前に座る税務調査官は、嫌になるほど熱心に書類を繰っていた。ひたむきな熱意。そう毛筆で書かれた大澤商事の社是の真下で、書類を確かめ黙々と付箋を貼っている。
ふっと出た苦笑いを隠すかに腕時計へ目を落すと、まだ11時を回ったばかり。税務調査の時間はまだたっぷりとある。今度は隠す事無く深いため息をついた。

愛着のアイ、愛情のアイ

ため息をついたのは会計事務所アイ・パートナーズに勤務する那須愛斗34歳。25件の顧客を担当し、大澤商事はその中の1社である。3年前、まったく畑違いの業界から転職をした。生活の安定を考えれば転職は一大決心だったが、会社本位のノルマ達成要求はどうにも我慢ならなかった。紆余曲折の転職活動であったが、「アイ・パートナーズのアイは愛着・愛情の愛」と鷹揚な笑みを浮かべ、揺るぎない口調で話す会長石渡宏道の言葉で「此処」と決めた。

愛斗の苛立ち

税務調査は午後を迎え、愛斗は苛立っていた。今回は女性調査官が1名。調査開始時に調査官から提示された身分証の肩書は「国税調査官」。国税調査官はほかに、係長級の上席国税調査官と、課長級の統括国税調査官とが存在する。
ゆえに「国税調査官」の肩書はいわゆるヒラを表す。
税務調査では調査対象の事業規模等により、調査官の人数は異なる。卸売業を営む大澤商事は第32期を迎えた歴史ある会社ではあるが後継者は居ない。創業社長が率い続ける会社の勢いには明らかな翳りが見え、現在の年商は1億円弱。全盛期の4割程度にまで落ち込んでいた。
そんな「ヒラ1名」の調査に、まだ税務調査立会い経験が少ない愛斗は、正直胸をなでおろしていた部分があった。ところが、である。いざ調査が始まると調査官の「凄まじい熱心ぶり」に愛斗は不安になっていく。
調査はセオリー通り、売上計上の確認に始まり、売上原価、在庫計上、人件費のチェックと手際よく進められていた。
あれもこれも見られている感覚に愛斗は戸惑い、何より驚いたのは付箋の束。幾種もの書類に貼り付けられた膨大な付箋の数に、愛斗の不安はもはや苛立ちとなっていた。

裏紙の「裏」にあるモノ

愛斗の隣には、アイ・パートナーズ代表の石渡哲哉が座っていた。アイ・パートナーズでは税務調査の際、顧客担当者に加えて、必ず代表が臨場する。半年ほど前、前代表で現会長の石渡宏道から代表を受け継いでいた。学生時代バスケットボールでならした大きな体躯には不思議と頼もしい安心感がある。哲哉はその大きな体を深くソファに沈め、身じろぎひとつせず腕組みをしたまま、調査官の手元一点に視線を注いでいる。
調査官が手にしていたのは「領収書綴り」であった。哲哉の視線と調査官の不自然な挙動に、今「何が焦点」になっているかに愛斗もようやく気付いた。
たくさんの領収書類は「裏紙」に貼付され、綴られていた。調査官が見ていたのは、領収書そのものよりもその裏紙の「裏」。愛斗が見たところ「裏」の内容は様々で、電子メール、プレゼン資料、Faxの通信履歴レポートなど。「裏」が焦点になっていることはわかった。それにしても、そのどこに「問題」があるのか。正直、愛斗にはよくわからなかった。「経験不足」、置かれている自分の状況を独り言ちた愛斗だが、苛立ちが増幅しただけだった。安易に変換された四字熟語は、どこか他人事の逃げ口上に聞こえたからだ。

「コピーはできない」

時刻は15時過ぎ。調査官はおもむろに顔をあげると、静かに言った。「付箋の箇所について、コピーをお願いします」。
「こんなにたくさんコピーを取るのですか?」同席をしていた社長の妻・経理担当の大澤芳子は困惑の声をあげた。それでも調査官はさらに冷静な口調で「はい」と返すだけだった。
愛斗は不安の的中に頭が痛んだが、仕方がないと覚悟を決めた。わかりました、そう口にしかけた言葉は、ひとりの発言により出し抜けに遮られる。
「コピーはできません」
ゆっくりとソファから身を起こしながら、哲哉はことさら静かに言葉を紡ぐ。「まずはコピーが必要な理由を聴きましょうか」

噛み合わぬ会話

コピーの必要性を問う哲哉の言葉に、調査官は呆れ顔で応じた。
「コピーをお願いした書類にはもちろんそれぞれ理由があります。私がここで調査をした結果を署で報告・確認する際にもコピーは必要です。」
調査官は壁の時計に一度目を遣ると、苛立つように口調を早めて先を続けた。
「例えば、投資促進税制にかかる税額控除。税額控除が適用可能な要件を確認するための見積書や請求書、納品書のコピー。という説明でご納得頂けますか?」
 哲哉は静かに息を吐くと悠然と答えた。
「やはり、全てをコピーする必要はなさそうですね。」

調査官の要求

「いったい何が問題なんですか?」
もはや怒りをあらわにし始めた調査官は、厳しい視線を哲哉に送っていた。
「私たち税務署には、質問検査権という調査をする権利があります。納税者にはそれに応じる受忍義務があることはご存知ですよね。正当な理由なく、調査を拒否することはできません。」
 調査官は畳み掛けるように話し続けた。
「それとも、コピーにかかる手間や費用の話をされているのでしたら、署から持参したデジカメで撮らせてもらえればそれで結構です。」 調査官の「要求」が終わると、哲哉は手元のメモ用紙にペンを走らせた。「愛斗、調べておいて。」
哲哉は文字を記したメモ用紙を差し出すと、愛斗のiPadを指差した。

哲哉の応酬

「調査官、私どもは質問検査権も受忍義務も存じています。」哲哉は話を始めた。
「さきほど、税額控除の要件確認というお話がありました。調査の結果、適用に問題があると思われる点はありましたか?そのためのコピーですか?」
「いいえ、現時点で問題はないと考えていす。その点を署で報告するためにコピーをお願いしているんです。」
臆さぬ調査官に哲哉は応じた。
「調査官は何のためにここに来られているのですか?調査官が現場で書類を確認した、それで十分でしょう。署での報告に必要だというコピーは、受忍義務とは何の関係もないことです。」
 iPadを覗き込んだ哲哉は、「調べ物」の進捗を確かめると話を続けた。
「裏紙もご覧になっていましたよね。メールやFAX通信履歴、振込照会。大澤商事というより、その取引先の情報収集のように見えます。他社の情報収集自体は否定しませんが、それは調査官のメモに留めるべきものです。大澤商事にコピーを要請するものではないでしょう?」

哲哉の応酬 その2

先刻までの怒りの表情は消え、調査官は何かを探すかのように目を細めていた。
「読んで。」哲哉に調べ物の回答を促された愛斗は緊張した声で読み上げた。
「国家賠償法第1条第1項。国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。」その後を、哲哉が駄目を押した。
「デジカメで撮る、そう仰いました。もし署までの帰り道、どこかにカメラを置き忘れたら?署に持ち帰った画像データが、もし署外に流出したら?守ることができなかった納税者の情報について、調査官はどう責任を取るおつもりですか?」

あの空を忘れない

結局、大量の付箋は「最低限」に減らされることで一連の論争は終息した。
大澤商事からの帰り道、哲哉と愛斗は川沿いの土手を並んで歩いていた。
「調査官もまた、法に縛られるんですね」呟く愛斗に哲哉は返した。
「表面的にはな。でも本質的には、法は縛るためにあるんじゃない。与えられた自由を護るために法がある。だから人は法を守らなければならない。違うか?」
その言葉に愛斗は覚えず胸に熱いものが込み上げ、慌てて空を見上げた。夕暮れが広がる空の高い場所を、銀色に輝く旅客機が横切っていく。
綺麗な夕焼けだ、そう言うと哲哉は僅かに歩調を早め、愛斗の少し前を歩き始めた。小さな滴が伝う愛斗の頬を、優しい夕暮れの風が撫でていった。 おわり

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