お役立ち経営情報 2015年4月

監査担当者日記 〜顧問先のM&Aと会計事務所①〜

会計事務所の日常とは? ※ フィクションであり、 実在する人物・団体とは一切関係ありません

会計事務所の職員は、時に興味深く様々なドラマに立会います。そんなドラマを実話を元にしたフィクションとしてお送りする監査担当日記。さて、今回は…

会計事務所アイ・パートナーズの執務室。担当顧問先の決算という格闘を続けていた愛斗だったが、正午の鐘を理由に「ひとまずの休戦」を自分に許した。PCモニターから久々に目線を外した愛斗は、驚きのあまり思わず体が後ずさった。

愛斗の賭け

愛斗の驚きの正体は志帆だった。宇治志帆は容姿端麗な27歳。にもかかわらずいまだ独身の志帆は「食い気と勝ち気が仇」と公言して憚らず、その天真爛漫がウリでもある。デスクが真向いの「先輩・愛斗34歳」を捕まえて、口癖の『でしょ?』を連発するのが志帆の日常だった。
その志帆が居るか居ないかも分からぬほどの静けさで、何も無い中空を焦点の合わぬ眼で見据えていたのだから、愛斗が驚くのも無理からぬことであった。
かける言葉に迷い、しばし躊躇した愛斗だが、結局一番シンプルな言葉を口にした『志帆さん?』。
愛斗の呼びかけに不自然な間を置いて志帆は応えた。『え?…何…ですか?』。
『お昼』、愛斗は再びシンプルに繋ぐと、『あぁ、お昼ね』と志帆はようやく現実に焦点を合わせたように答えた。
愛斗は「先輩だから」と自らに言い聞かせ、志帆のケアを目的に昼食に誘うことにした。プライベートに深く関わることであれば後悔するやもしれぬ賭けではあったが、結果は十分ケアに値する仕事上の悩みであった。
『赤城精密のエムエーでトラブって…』、志帆はいつになく弱々しく切り出した。

企業の出口

「エムエー」とはM&A、企業の合併・買収の略である。高齢化著しい日本社会にあって、人間と同じく企業もまた高齢化が進んでいる。経営者の高齢化に伴い、企業は何かしらの「出口」を求めることになるが、事業承継や廃業などと並び、その出口のひとつにM&Aがある。後継者問題や業界の先行き不安などから、近年では中小企業でもM&Aが増加傾向にある。
志帆の話に上った赤城精密は、まさしく中小企業の顧問先だ。年商約5億円、従業員約50人。創業50年超の赤城企業の現社長は3代目である。その3代目社長、赤城秀治は65歳を前に出口を探っていた。

志帆の成長

大卒で入社した志帆の初めての担当顧問先が赤城精密だった。とはいえ当時の志帆が一人で赤城企業を担当することなどできるわけもなく、正しくは鞄持ち。鞄の持ち主は、アイ・パートナーズ現会長、当時代表の石渡宏道だ。『一人では何もできない、か弱い女の子だったんだ。今もだけど。でしょ?』と余計な解説を挟む志帆を前に、愛斗はあえて沈黙すると狙い通り志帆は話を再開した。
宏道直々の厚い手ほどきにはじまり、今では単独で30件を超える担当顧問先を務めるに至る志帆の毎日はかなりの多忙であった。担当先には原則毎月訪問を掲げるアイ・パートナーズにあって、30件超が意味することはそういうことだ。そこにトラブルの引き金は潜んでいた。

1分の1の怒り

子がいない赤城は当初、親族ではいが信が置ける専務取締役に承継を決めていたが、種々の障害から最終的には破談に終わった。ならば中小企業ながらも尖った技術を持つ赤城精密なら、と志帆が赤城にM&Aの選択肢を提示したのだ。
具体的な検討が進むと、数社の買い手候補との面談が始まった。面談には買い手と赤城精密、そしてM&Aには欠かせない、アドバイザーが臨席する。さらに、買い手側の会計士。多人数の面談スケジュールの調整に志帆は苦しんだ。『その日は他のお客様への訪問が』という枕詞が増えていた。ついに昨日、赤城は口にした。『宇治さんは担当顧問先が30件あるって言うよね。でもね、宇治さんにとってウチは30分の1でも、今ウチにとっては1分の1の大事なんだよ』恐ろしく静かに、そして冷たくそれは語られた。

頭痛に誘う不吉な言葉

『社長の言葉がね、声がね、表情がね。忘れられない…』そう言うと、志帆の視線はまた中空を彷徨っていた。気がつけば昼食にもほとんど手がついていなかった。さきほどの「余計な解説」は強がりか、愛斗は事の深刻さを理解した。
『それだけじゃない。いろんな問題が起き始めてる』志帆の不吉な発言に、愛斗はわずかに頭が痛んだような気がした。
『従業員の内乱。名義株。簿外債務…』続く志帆の言葉に、愛斗は今度こそ確実な頭の痛みを自覚していた。

愛斗の決断

不安を語る志帆の姿はまるで不吉な預言者のようだ…。持病の偏頭痛の「再発」に束の間現実を奪われた愛斗だが、痛みと妄想を振り払うように立ち上がった。『志帆さん、午後の予定はキャンセル』
驚く志帆に、愛斗はかまわず続ける。
『まずは赤城精密にアポイント。行くよ、赤城社長のところへ』

沈黙の社長室

赤城は黙っていた。数分前、社長室に通された愛斗は、志帆の非礼を丁寧に詫びると言葉を繋げた。『これから赤城精密の一大事を、全社一丸、チームで支援いたします』そして、沈黙は始まった。
沈黙の間も、赤城は事の真偽を確かめるかのような厳しい視線を愛斗と志帆に送り続けていた。愛斗もまた、赤城への視線を逸らさない。志帆には逃げ出したいほどの緊張感であったが、それでも愛斗に倣い、赤城の目を見続けた。
しばらく続いた沈黙を破ったのは愛斗だった。『また伺います。今日はお詫びと今後の決意表明です。お時間をいただき、ありがとうございました』
一礼を捧げる愛斗に、慌てて志帆も一礼すると、ともに社長室を後にした。
『何ですか、さっきの?お詫びはともかく、チームってどういうことですか?』
赤城精密の門を出るや否や、志帆は愛斗に迫った。『私がやります。私の責任なんですから!』
志帆の憤りには応えず、愛斗は言った。『さぁ、戻って作成会議だ。チームでね』
志帆は憤りを逃がすべく溜息をついた。

駆け込める場所があるのなら

会社に戻った愛斗は、志帆へのヒアリングを進めた。赤城精密M&Aの過程に起きている問題はどこにあるのか。志帆の話を聞き遂げた愛斗は、問題が列挙されたノートPCの画面を閉じ、脇に抱えた。『さて、高堂さんのところに行こうか』
高堂豪一は、この道一筋30年。アイ・パートナーズのベテラン税理士だ。溢れ出る知識と経験に度胸。加えて秀でた会計センスを併せ持つ人材は、業界広しと言えどもそう居ない。「困った時は高堂」、社内の駆け込み寺を担う人物が高堂だ。

1つ目の問題 名義株

『名義株?それがどうした』高堂は、事も無げに愛斗に向かって答えた。『名義株なんてな、珍しくもなんともないんだよ。って、若い奴らには分からんか』そう言うと、今度は「若い」志帆の顔を一瞥して高堂は笑うのだった。
『なら、教えて下さい。どうしたら良いのか』志帆は膨れっ面で尋ねた。
名義株とは、株主名簿に記載された名目上の株主と、真の株主とが一致しない株式のこと。平成2年の商法改正以前、会社設立には最低7人の発起人が必要であり、発起人は最低1株を引き受けねばならなかった。そのため、実際は1人で出資をするような場合、残りの6人は名義を借りるということが少なくなかった。

その男、不敵につき

『名義株を整理しておかないとM&Aは進まんよな。で、名義人さんはご存命?』
『ええ…』訝しげに答える志帆に、高堂は続けた。『良かったな。亡くなってると面倒もあるんだ。であれば、第1段階は承諾書だ。名義人に、「実質所有者は誰々です」、ってな承諾書をもらうんだ。そして実質所有者に名義変更する』そう言いながらマウスを動かしていた高堂は、承諾書の雛形をPCモニターに映した。
物々しい承諾書を見ながら愛斗は言った『承諾しない、って言われたら?』
『なかなか勘がイイじゃないか、愛斗。そういうことも良くある』高堂はなぜか嬉しそうに続けた。『そん時はまた来い。俺が何とかしてやる』
駆け込み寺になるワケだ、愛斗は改めて合点がいくと、高堂に礼を言った。

志帆の不遜

デスクに戻った志帆は、目の前に座る愛斗に向かってゆっくりと話し始めた。 『チームで、って意味が分かった気がします。私が「一人で」なんて、不遜だったかもしれない。お客様にとっては「誰がやるか」なんてどうでもいいこと。それよりも「何ができるか」ですよね…』
かける言葉を探す愛斗よりも早く、志帆が大きな声を上げた。『よぅし、次の問題行きますよ!』
らしくなってきた志帆に安堵した愛斗は呟く。『次は石渡会長だ』   つづく

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