お役立ち経営情報 2015年5月

監査担当者日記 〜顧問先のM&Aと会計事務所②〜

会計事務所の日常とは? ※ フィクションであり、 実在する人物・団体とは一切関係ありません

■登場人物紹介
那須愛斗(34歳)
…アイ・パートナーズ監査部所属。畑違いの業種から転職入社で3年目。
宇治志帆(27歳)
…アイ・パートナーズ監査部所属。赤城精密の監査担当者。容姿端麗、天真爛漫。
赤城秀治(64歳)
…赤城精密3代目社長。自社の「出口」を模索し、目下M&Aを検討中。
石渡宏道(71歳)
…アイ・パートナーズ会長。1年前、代表職を退き、石渡哲哉に譲っている。

前回のあらすじ

赤城精密のM&Aに顧問先担当者として関わる宇治志帆。直面する様々な問題のフォローに、先輩・愛斗が動いた。
1つ目の問題「名義株」については、所内のベテラン税理士・高堂を訪ね、解決への道筋をつけた愛斗。残る問題の解決に向けて呟く。『次は石渡会長だ』

2つ目の問題 社員の内乱

『それなら、俺が行って話をしてこよう』会長・石渡宏道の二つ返事に、志帆は呆気にとられていた。赤城精密のM&Aで生じた2つ目の問題について、状況説明をする愛斗に対し、宏道は即答だった。
2つ目の問題とは、赤城精密の社員がM&Aの情報に反応し、動揺をしているというものだ。様々な待遇が悪くなるのではないか、給与も下がるのではないか等々。特にベテラン社員に至っては、「知らない連中に管理されるのは御免だ」と、自主退職を口にする者までいるという。
そもそもM&Aの過程では、最終段階までは秘密、が一般にセオリーだ。ひとたび社内外にM&Aの「気配」が流出すれば、事実も風説もひとからげに伝えられることは避けられないからである。結果、社内外の各方面に動揺が走ることでM&Aの実行に支障をきたすことが少なくない。聞きなれない社名やら個人名やらの社長への電話取り次ぎが多くなった、それが赤城精密における気配の流出元だった。「会社の電話」を多用しないこともまた、M&Aの過程におけるセオリーである。

古の絆

愛斗は赤城精密に関する志帆からの情報の中で、宏道が同社のベテラン社員と親交が深かったことを知った。
宏道は以前、社長就任当初の赤城を経営面から支えるべく、社内の会議にもよく出席していた。会議が終われば親睦会にも交わり、声がかかればゴルフコンペにも参加した。オンもオフも入り混じる親交であれば、宏道とベテラン社員の間に少なくはない信頼関係が築かれているはず。愛斗はそう踏んでいたのだった。
 『赤城のM&Aは、ベテラン社員が護持する技術と品質無くしてあり得ない。赤城の社員は他に得難い財産であり、買い手企業はそこに目をつけたんだから。待遇を下げたりはしない、絶対に。だから大丈夫、そう話をしてこよう』そう語る宏道は衒いのない笑顔を浮かべていた。
 この笑顔はいったいどれだけの人に安心と信頼を与えたろう、愛斗は答えの出ない疑問を抱きながら、志帆と共に会長室を後にした。小さく息をついた愛斗は誰にともなく口にした。『あとひとつ』

もうひとつのストーリー

愛斗と志帆の「SOS」に応えるべく、宏道は久々に赤城精密を訪れていた。
 門をくぐると聞こえる工場の低いモーター音は宏道には馴染みのはずだった。それでも夕闇が迫る工場にあっては不穏の象徴のようにも感じながら、宏道は社長室へと案内された。部屋で待つ赤城秀治の表情もまた、不穏を湛えていた。
『石渡先生、私は裏切り者ですか?』久しぶりの挨拶もなく赤城は尋ねた。答えない宏道に赤城は続ける。『会社を売って、自分だけが幸せになろうとしている』 宏道は首を振ると答えた『それでも会社にとって、社員にとってのベストを探そうとしている。大丈夫、それは伝わるよ皆に。そう伝えるために、今日は皆を集めているのでしょう?行きましょう』
赤城は立ち上がると囁くように言った、『まだね、気持ちのどこかでは、一緒に働きたいと思っているんですよ』
囁きの中に確かな本音を見出した宏道は優しく応えた。『そうだね』

最後の問題 簿外債務

高堂、宏道の「参画」により、M&Aを阻む問題は整理されつつあった。
だが、最後の問題が残されていた。買い手企業から求められている簿外債務に関する回答をめぐり、赤城精密の役員会は紛糾していた。「率直な開示」は売り手である自分たちの状況を不利にするとの思惑が、会の優勢になりつつあった。
痺れを切らしたように、役員の一人が声を荒げた。『隠せるものならね、隠したほうがいいでしょ!』

当然の努力という意のデューデリ

赤城精密のM&Aは佳境を迎えていた。数社との交渉の末、買い手企業は同業大手のミナトケミカルに絞り込まれた。同社による監査、いわゆるデューデリが進むと、数々の「質疑」が示された。 その質疑への回答準備のための役員会に、志帆と愛斗は同席していた。昼過ぎに始まった会議は夜に達し、そこに来て持ち出された難問「簿外債務」である。会の紛糾も無理からぬことだった。  デューデリとは、財務、法務、人事、システム、環境等について行われる様々な監査をいう。買い手企業はお金を出して企業を買う以上、買収する企業の価値については非常な注意を払うものであり、中でも財務監査はその最たるものである。
不良債権や不良在庫など、本当は価値の無い財産が決算書に計上されてはいないかを問う。他方で、決算書に計上されていないが、本当はマイナスである負の財産は無いのか。これが簿外債務である。

真摯さとは何ですか?

赤城精密にも簿外債務はあった。未払残業代だ。多くの会社にサービス残業が存在していることは誰もが知っている。買収価格に未払残業代を加味すべきものであるかどうか。その「程度」をミナトケミカルは測ってきたのである。
『隠せるものならね、隠したほうがいいでしょ!給与明細には残業代だって出ている。きちんと払っていると言えば分からんよ』役員の一人はそう言うと、仕舞いとばかりに机をバンバンと叩いた。
「確かに」、愛斗は思った。向うだって買収したいんだ。無理をして従業員を問い詰める方法も無くはない。けれど結果、動揺が走り大量離職では元も子もない。
誰からも声が挙がらなかった。愛斗が止むを得ず言葉を探し始めたその時、志帆のよく通る大きな声が静寂を破った。
『赤城もミナトも対等。互いに将来を賭けての真剣勝負。隠さず向き合う。それが真摯さではないのですか?』
再び訪れた静寂の刹那、社長の赤城が拍手を送った。『未払残業代をすぐに精査。今後のことは賃金規定、制度の見直し含め、ミナトと協議。双方のために』
『やるじゃん』、そう囁きながら頬杖をついた愛斗は、会議室の壁に掛けられた額縁に眼を向けた。「真摯に創れ」、赤城の経営理念が掲げられていた。

一枚の便箋、一枚の写真

昼食後、デスクのパソコンに向かってニュースチェックに勤しむ愛斗。向い座席から妙な視線を感じて顔を上げた。目の前には志帆の満面の笑顔があった。一瞬ひるんだ愛斗だが、発する言葉は一つしかなかった。『どうしたの?』
『いいでしょ、これ』そう言って志帆が差し出してきたのは一通の封書だった。差出人は赤城秀治だ。笑みを続ける志帆に、愛斗は小さく肩をすくめてみせると封書の中身を取り出した。 一枚の便箋と一枚の写真。便箋には流麗な筆文字が、言葉少なに綴られていた。「新しい仲間と、新しい仕事と。新しい人生を愉しんでいます。皆様のチームに感謝。宇治さん、真摯さをありがとう」
写真には、買い手企業であるミナトケミカルの社旗を中心に新しい仲間たちと肩を並べる赤城の笑顔があった。志帆にも勝る会心の笑みが、M&Aを経た赤城秀治のすべてを語っていた。

鯛焼きに詰まるモノ

『見ました?「宇治さん、ありがとう」だってぇ』と喜ぶ志帆。『良かったね、志帆さん』愛斗は素直に答えた。
『でしょ?』ご機嫌にいつもの口癖で応じた志帆だが、急に小声で『これ、チームへの感謝』と小さな包みを差し出した。包みの正体は一尾の鯛焼きだった。
「お昼食べたばかりだし」、愛斗の心の嘆きを他所に、『美味しっ!』という志帆の声が響く。『ま、いいか』、諦めたように呟くと、思い切って鯛焼きに噛り付いた愛斗だった。

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